大阪高等裁判所 平成9年(行コ)46号 判決 1999年7月29日
控訴人
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
小山千蔭
被控訴人
京都上労働基準監督署長上辻治
右訴訟代理人弁護士
上原健嗣
右指定代理人
石垣光雄
同
倉橋明壽
同
藤本昭義
同
新田嘉夫
同
松井憲久
同
梅垣正明
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一申立
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対し、平成元年二月一四日付でした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二事案の概要
次のとおり変更、付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二事案の概要」(原判決三頁四行目から同二四頁五行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決一一頁末行の『就寝し、」の次に「同日午前九時ころ、一旦起きて疲労を訴えた後、再度就寝した。そして、」を加える。
二 同一二頁二行目の「出勤した。」の次に「その後青木医師による診察を受けようとしたが、同医師が出勤前であったために、その診察を受けられなかった。」を加える。
三 同一五頁四行目から一六頁二行目までを次のとおり改める。
「(1) 太郎は、深夜勤務を含む昼夜交代制勤務に従事してきたが、このような勤務を長期間継続することは、それ自体で疲労が蓄積し、高血圧症者には悪影響を及ぼすものである。また本来会社における係長の勤務時間は、就業規則において、夜勤が午後四時から午前一時の九時間とされているのに、実際には午後三時から午前四時までの一三時間とされ、太郎は、本件発症前一週間の夜間勤務に入ったところで、就業規則の勤務時間を四時間ないし一二時間も超える異常な徹夜勤務となった。さらに、太郎は、本件発症の一週間前から本件研修会の資料作りを夜遅くまでし、五日前に引いた風邪のために安静にすべき状態にあったのにこれができないまま、発症前日から当日早朝にかけての勤務においては、通常の二人係長勤務より二倍の労働密度をもつ一人勤務であり、かつ二〇度以上の温度差がある屋内外の出入りを二、三〇分おきに繰り返して車両整理をするなどしていた。これらの勤務内容からすると、太郎は、日常勤務に比較して過重な勤務をしていたことは疑いがない。
また太郎は、前記のとおり、労働組合において、書記長を務めたが、書記長選挙に落選後、会社によって係長に抜擢されたものである。このような経歴を有する太郎が、会社と組合との対立案件である二車三人制を実施する責任者となり、それを会社と組合が団体交渉中であるにもかかわらず、労使慣行に反して実施に踏み切るとして、本件研修会において一般従業員に対して説明することになった。そして当日は、病気の委員長を除く労働組合幹部全員が予告もなく研修会に出席し、その場における太郎のストレスが大きかったことは当然であり、これが直接の引き金となって本件発症をもたらしたものである。」
四 同一六頁一〇行目の「ことができ」の次に「るから、業務が本件発症について相対的に有力な原因となったということができ、」を加える。
五 同一八頁三行目の「相当な程度」の次に「に」を加え、同九行目から一〇行目にかけての「太郎の健康状態も良好であった。」を削る。
六 同二三頁八行目の「太郎が」を「太郎は、」と、同末行の「見たものである。」を「みたものであり、」とぞれぞれ改め、それに続けて「したがって、その業務態様に起因して急激な血圧変動や血管収縮が起こり、そのため太郎の基礎疾患である高血圧症がその自然経過を超えて急激に増悪したものではないことは明白である。」を加える。
第三当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の請求は理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり変更、付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」(原判決二四頁七行目から同四四頁三行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決二四頁八行目の「証拠」の前に「前記争いのない事実(引用した原判決の事案の概要一)に」を、同八行目の「証人」の前に「原審」を、同九行目の「同中村、」の次に「当審証人松尾、同橋本、原審」をそれぞれ加え、同九行目の「並びに弁論の全趣旨によれば、」を「及び弁論の全趣旨を総合すると」に改める。
二 同二五頁一〇行目の「午前三時三〇分」を「午後三時三〇分」と改める。
三 同二八頁九行目の「までであった」の次に「(ただし、就業規則上の勤務時間は、日勤が午前六時から午後四時までであり、夜勤が午後四時から午前二時までであった。)」を加える。
四 同二九頁七行目の「しかし」から同八行目末尾までを削る。
五 同三三頁一〇行目の「全員」を「おおむね」と改め、同一〇行目の「しかし」から同三四頁二行目末尾までを削る。
六 同三五頁八行目の「超えて」の次に「著しく」を加える。
七 同三七頁九行目から四三頁末行までを次のとおり改める。
「 太郎について、会社の業務が、発症の他の原因と比較して、相対的に有力な原因として持病を自然的増悪の程度を超えて著しく増悪させ、その結果本件発症を招いたといえるかどうかについては、太郎の業務の状況、基礎疾患の内容及び程度、生活状況などを総合考慮してなされるべきものと解されるから、これらの諸点について検討を加える。
1 太郎の業務の状況について
控訴人は、太郎は、昼夜交代制勤務に従事しており、それ自体が脳内出血の業務起因性について相対的に有力な原因となりうると主張する。確かに証拠(<証拠略>)によれば、昼夜交代制勤務は、生活が不規則になることなどにより、疲労を蓄積させ、健康状態に悪影響を及ぼす可能性の高い勤務形態であると考えられるが、一方証拠(<証拠略>)によれば、昼夜交代制勤務も、数年を経ると自覚症状において有訴率が低下し、馴化することがありうること、また血圧についてみれば、有意差をもたらすものではないことが認められる。そして、前記認定のとおり、太郎は、昭和五一年にタクシー乗務員として会社に採用されて以来、昼夜交代制勤務に従事し、また係長に就任してからも本件発症まで約一年五か月にわたり、同様の勤務形態に従事していることを考慮すると、昼夜交代制勤務が本件発症に与えた影響は明らかではない。
また控訴人は、本件発症前一週間の勤務が、平常より過重なものであり、また、本件発症前日の勤務(勤務の終期は、発症当日早朝。)が、係長としての一人勤務を余儀なくされ、また温度差のある屋内外を出入りする勤務であり、これらの勤務が本件発症の原因となった旨主張する。しかし、前記認定にかかる本件発症前一週間の業務内容を検討しても、それが日常勤務と比較して特に過重なものであったとは認め難い。確かに太郎の日常の勤務時間が、就業規則所定の時間を超えていたことはうかがわれるが、それは、その一週間に限ったことではないし、またその程度を検討しても、過重なものであったとまでは認め難い。また前日の係長一人勤務についても、同日はその予定ではなかったにしても、そのような勤務形態自体は、日常的なものとして経験しているところである。
温度差のある場所の出入りについてみても、温度差が血圧に影響を与えることは認められるものの、その出入りは、前日の勤務のことであり、本件発症に直接的な影響を与えたとは認め難い。
2 本件研修会について
控訴人は、本件研修会において、運行体制の変更案を説明する業務が太郎に大きな精神的負荷を与えていたと主張する。確かに、従業員あるいは労働組合にとって、運行体制の変更は重大な関心事であったと推測されるし、本件研修会は、労働組合幹部も出席していたから、組合幹部の経験を有し、一部組合員からは批判の対象となっていた太郎が、会社の管理職の一員として、運行体制の変更を説明することについて、一定の精神的負荷があったことは推測できるところである。しかしながら、一方太郎は、係長になってからは、毎月一回開催される研修会に毎回出席していたこと、本件研修会で説明予定の運行体制の変更案は、それ以前に会社から組合に説明済みのものであり、本件研修会は、特にそれについての議論をなす場でもなかったこと(この点に関し、控訴人は、労使間で協議中の労働強化に関する問題について、会社側が一般従業員に直接説明することは、従来の労使慣行に反する事態であった旨主張し、証人松尾は、右主張に沿う供述をするが、一方証人橋本はそのような慣行はなかった旨供述するところであり、控訴人の右主張は採用できない。)、右運行体制の説明も当日予定された八項目のうちの一つにすぎないこと(<証拠略>)などからすると、当日の太郎の精神的負荷が大きなものであったとまでは認め難い。
3 太郎の基礎疾患の内容などについて
太郎の基礎疾患の内容は、前記認定のとおりであるところ、右認定にかかる太郎の血圧の推移等及び証拠(<証拠略>)を総合すると、太郎の高血圧の病態は、本件発症当時、高血圧重症度二度の若年性高血圧の状態から、高血圧性臓器障害を伴う重症度三度の高血圧症に進展しており、積極的な降圧剤治療を必要とする状態にあったと認められるところ、前記のとおり、太郎は、家庭における食事の塩分制限などには努力していたものの、右疾患に対する積極的な治療は受けておらず、また飲酒喫煙などの生活習慣に意を払っていなかったことが認められる。
4 以上によれば、太郎は、本件研修会に臨み、その場で脳内出血を発症したことからすると、業務と本件発症との相関関係の存在を一応推認できるようではあるが、前記のとおり、本件発症前の業務が日常業務と比較して特に過重なものであったとは認め難く、また本件研修会における精神的負荷が大きかったとは考え難いこと、一方太郎は、昭和五一年以降若年性高血圧症と診断され、本件発症当時は、降圧剤治療を必要とするほどの状態にあったにもかかわらず、何らの治療を受けていなかったことを考慮すると、太郎の会社における業務遂行が過重負荷となり、発症の他の原因と比較して相対的に有力な原因として、持病を自然的増悪の程度を超えて著しく増悪させたとまでは認め難い。
控訴人は、太郎は、本件発症前に休養を取る必要があったにもかかわらず業務に従事せざるをえなかったことから、業務に起因する危険性が顕在化する事により本件発症があった旨主張するところ、当日、太郎の体調がすぐれなかったことはうかがえるが、右はその数日前に罹患した風邪が完治していなかったことによるものと推測されるのであって、本件発症との関係は明らかではなく、右控訴人の主張は採用できない。
右によれば、太郎の本件発症について業務起因性を認めることはできない。」
第四結論
よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 秋元隆男 裁判官 横田勝年 裁判官 古久保正人)